大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)1311号 判決

上告人

高橋園子訴訟承継人

高橋勲

外一名

右両名訴訟代理人

吉井晃

菅野谷信宏

被告上人

社会保険診療報酬支払基金

右訴訟代理人

横大路俊一

大崎康

右被上告人

中央医療

補助参加人

信用組合

右訴訟代理人

黒沢子之松

佐藤吉将

被上告人

東京都国民健康保険団体連合会

右訴訟代理人

満園勝美

満園武尚

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人吉井晃、同菅野谷信宏の上告理由について。

健康保険法四三条ノ九第五項、国民健康保険法四五条五項は、保険者は診療担当者による診療報酬の請求に対する審査および支払に関する事務を被上告人社会保険診療報酬支払基金(以下被上告基金という。)に委託することができる旨を規定するにとどまるが、社会保険診療報酬支払基金法(以下基金法という。)によれば、被上告基金は、各種の健康保険について、診療担当者から提出された診療報酬請求書の審査を行なうとともに、政府その他の保険者が診療担当者に支払うべき診療報酬の迅速適正な支払をすることを目的とする法人であり(一条、二条)、一方において、各保険者から毎月相当額の金額の委託を受けるとともに、他方において、診療報酬請求書を審査したうえ、診療担当者に対して診療報酬を支払うことを主要業務とし(一三条一、二項)、所管大臣から諸種の監督を受ける(二〇条以下)反面法定の場合には診療報酬の支払を一時差し止める権限を有する(一四条の四)ものである。これらの規定によれば、被上告基金が保険者等から診療報酬の支払委託を受ける関係(基金法一三条三項参照)は公法上の契約関係であり、かつ、被上告基金が右委託を受けたときは、診療担当者に対し、その請求にかかる診療報酬につき、自ら審査したところに従い自己の名において支払をする法律上の義務を負うものと解するのが相当である。原判決中これと異なる見解のもとに被上告基金の診療報酬支払義務を否定した部分は、基金法の解釈、適用を誤つた違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

つぎに、原判決(その引用する第一審判決を含む。)の摘示するところによれば、被上告人東京都国民健康保険団体連合会(以下被上告連合会という。)は、国民健康保険法に基づいて行なわれた療養の給付およびこれに相当する給付に関し、療養取扱機関からなされた費用の請求について審査および支払を行なうことを目的とする法人であることは、上告人らと被上告連合会との間に争いがない。してみると、被上告連合会は、国民健康保険法八三条、八四条に基づき国民健康保険の保険者を会員として設立された法人であり、かつ、同法八七条に基づいて審査委員会を置き、同法四五条五項により保険者の委託を受けて療養給付に関する給付の請求に対する審査および支払を行なう権限を有するものと解せられるところ、同法上の保険者となる国民健康保険組合及び被上告連合会は、これを公法人と解するのが相当であり、また同法四五条五項に基づき保険者と被上告連合会との間に審査および支払に関して締結される委託契約は公法上の契約であると解せられる。しかも、被上告連合会の有する前記権限は被上告基金の基金法一三条に基づく権限と全く類似するから、被上告連合会の権限についても同条の規定を類推適用し、被上告連合会が保険者から審査および支払の委託を受けたときは、被上告基金と同様に診療機関に対し直接療養給付等の費用の支払義務を負うものと解するのが相当である。しかるに、原審はこれと異なる解釈のもとに本訴請求を棄却したのであるから、原判決には判決の結論に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるものといわなければならない。

論旨は右の各点において理由があるから、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くすため、本件を原審に差し戻す必要がある。

よつて、その余の論点に対する判断を省略し、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(岸盛一 大隅健一郎 藤林益三 下田武三 岸上康夫)

上告代理人吉井晃、同菅野谷信宏の上告理由

診療担当者金沢旻は被上告人らに対して直接診療報酬債権を有しないとして一審判決を取消し、上告人の請求を棄却した原判決は、以下に述べるように、法律の解釈適用を誤つたものであり、到底破棄を免れない。

第一点 診療担当者は被上告人社会保険診療報酬支払基払基金及び東京都国民健康保険団体連合会に対し直接診療報酬債権を有する。

一、(一) 原判決は「金沢旻は保険者に対し診療報酬債権を有するとしても、被上告人らに対し直接右債権を有することを認めるに足りない。けだし、上告人の主張するところによれば、医師金沢旻の保険診療により生じた診療報酬支払義務を負担した保険者はその支払を被上告人らに委託したというのであるから、保険者より右支払委託を受けた被上告人らは、保険者から委託された委任事務の処理として金沢旻に対し診療報酬金の支払を為すべきではあるが、それは保険者に対する義務の履行にすぎず、金沢旻に対し直接義務を負担し、その義務の履行としてなすものではないといわなければならないからである」としている。

(二) しかし上告人は右のような解釈には承服できない。何故なら被上告人らが単なる私的機関であれば原判決のような解釈は理論上正当であろうが、被上告人らは国家等公共団体を背景とし、社会保障制度を主たる目的とした機関の一つであり、制度上診療報酬の支払機関は被上告人らに限られているのであつて他の如何なる機関も診療報酬の支払をなすことはできないのである。即ち診療担当者が診療報酬の請求できる相手方は被上告人に限られており、且つ診療報酬の直接の支払機関は被上告人に限られているわけである。従つてこのような法制度の下では、被上告人らは診療担当者に対し直接に診療報酬の支払義務を負担すると解すべきであるからである。

二、(一) 原判決は「上告人らは『被上告人らは制度上当然にみずから診療担当者に対し直接診療報酬の支払をなす義務を負担する』と論ずるけれども、もし上告人所論のとおりであるとすれば、被上告人らは、診療報酬の支払につき、保険者の資力如何にかかわらず、診療担当者に対し連帯保証をなしたと同じことになるが、上告人挙示の諸理由をもつてしても制度上被上告人らにそのような義務があると認めるにはなお十分でないといわなければならない。むしろ健康保険法第四三条の九第五項もしくは国民健康保険法第五四条第五項により保険者から診療報酬に関する事務の委託を受けた被上告人らが診療担当者に対する診療報酬支払を担当する制度の主たる目的は、保険者の診療報酬任意支払の窓口を一本化し、診療担当者が受診によつて異なる保険者毎に各別の診療報酬請求をとる煩を省くためにあるのであつて、進んでこれら支払担当者に実体法上診療担当者に対する右報酬支払義務を負担させるようなことは全く右制度の企図することろではないと解するのが相当である」としている。

(二) しかしこの点も承服できない。何故なら次に挙げるように被上告人の診療報酬の支払を確保する諸規定があり支払は充分に保障されているのである。

健康保険の保険者は政府及び健康保険組合であつて(健康保険法第二二条)、健康保険組合は法人とされている(同法第二六条)。その健康保険組合が解散によつて消滅したる場合は、右組合の権利義務は政府が当然承継するのである(同法第四〇条)。

即ち国家が診療報酬の支払を保障しているのである。

国民健康保険法においては市町村及び特別区と国民健康保険組合とが保険者となるが(国民健康保険法第三条)、市町村及び特別区を原則とし、事実上も国民健康保険組合が保険者となる場合は極めて少数である(吾妻光俊「社会保障法」法律学全集一四四頁、同一五二頁参照)。従つて市町村及び特別区が保険者である場合は支払の保障は確実である。問題は極めて少数の国民健康保険組合であるが、これは同種の事業又は業務に従事するもの(国民健康保険法第一三条)例えば弁護士会、薬剤士会などの組合であつて法人であり(同法第一四条)、保険料の徴収については地方税法の準用規定があり(同法第七八条)、督促及び延滞金の徴収や滞納処分について規定がおかれているばかりでなく(同法第七九条、第七九条の二、第八〇条)、国の補助があり(同法第七三条、第七四条)、厚生大臣又は都道府県知事の監督を受けているものであり(同法第一〇八条、第一〇九条)保険者の診療報酬の支払は保障されているのである。

また、健康保険法第四三条の九第五項もしくは国民健康保険法第四五条第五項により保険者から診療報酬に関する事務の委託を受けた被上告人らが診療担当者に対する診療報酬支払を担当する制度の主たる目的は、保険者の診療報酬任意支払の窓口を一本化し、診療担当者が受診者によつて異なる保険者毎に各別の診療報酬請求をとる煩を省くためにあるばかりでなく、前記のように診療報酬の支払を確実に担保する制度と相俟つてこれら支払担当者に実体法上も診療担当者に対する右報酬支払義務を直接負担させるためにあると解すべきである。

三、(一) 更に原判決は「診療報酬債権の差押手続において実務上前記支払担当者を第三債務者として表示するのは、単に債権差押手続において実体上の支払義務者である各保険者毎に支払差止を命ずることに代え、現実に診療報酬支払事務を担当する者に対し支払差止を命ずることにより事実上債権差押の実効を収めようとしたもので支払担当者を実体法上の債務者と認めるからではない」としている。

(二) しかしこれは疑問である。けだし、実務上も被上告人らが実体法上の支払義務者であるから第三債務者として表示されそのように取扱われているのである。原判決のいうように単に支払の便宜のためなら送達場所として表示すればよいのである。ところが進んで第三債務者として扱われている点は重視すべきである。原判決の立場を採れば、第三債務者を保険者として、送達場所を被上告人と表示しなければならないのではなかろうか。実務上支払義務者でないものを第三債務者として扱つているとすれば大問題であり違法な取扱をしているといわねばならない。

四、(一) 次に原判決は「上告人『診療担当者、保険者、基金および連合会(被上告人らをいう)の三者間には、右基金および連合会が保険者から支払委託を受け、診療担当者は基金および連合会に診療報酬請求書を提出し、基金および連合会では右請求書を審査してから診療担当者に診療報酬を支払うという内容の明示または黙示の契約がある』と論ずるが、そのような明示の契約を認めるに足る証拠がなく、また制度上被上告人らが診療担当者に対し診療報酬の支払を保証する趣旨が認められないこと前記のとおりであることに徴し、そのような黙示の成立も認めることができない」とする。

(二) しかし右の点も承服できない。前記内容の事実はこれはいわば公知の事実であつて、従来から何ら支障はなく被上告人らから診療担当者に対し、診療報酬は支払われて来たことも争いのない事実であるからである(甲第二号証の一、二参照)。

五、結論

要するに原判決は診療担当者が被上告人らに対しては直接診療報酬債権を有しないというのである。そして原判決は上告人の被上告人に対する請求を棄却した。

それでは原判決は本件請求については、被上告人らを相手にではなく保険者に対して請求すべきだと考えているのであろうか。

また一般に診療報酬債権の差押も被上告人らに対してではなく、保険者に対してなすべきだと考えているのであろうか。

もし仮りに診療報酬債権者は右のような方法を採らなければならないとすると受診者によつて異なる数多くの保険者に対して、診療報酬の請求をすることは現実に不可能であつて、この立場は被上告人らに対して保険者が支払委託をしている法律の規定を無視したことにもなり、債権者にとつても、保険者にとつても甚だ迷惑な話であり、また実務の取扱を無視した違法なものである。

次に原判決によれば、被上告人らに対する診療報酬債権の差押だけは有効であるが、支払請求をすることは認められないとの趣旨にも採れる。

しかし、右のような差押は有効であるが、換価手続は認めないとする法律上の規定は全く存在せず、また差押だけ有効であつて換価を認めないという見解は理論的にもおかしく、全く原判決の独断であるといわなければならない。

では一体原判決は診療報酬債権を誰に対して請求すればよいというのであろうか。

原判決に従えば右に述べたように、上告人は診療報酬債権の支払を求めることが現実に不可能なことになる。このことは上告人のみならず、一般に診療報酬債権者にとつて大きな問題である。現に実務上は原判決が宣告されるまでは、一般に診療報酬債権者に対して、診療報酬は円滑に支払われて来たが、原判決後は、その支払が中止されている実情にある。よつて、以上の理由により原判決はすみやかに破棄されるべきである。 以上

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